選択肢

 何かを決めようとする時、たいてい二者択一になるような気がします。
やるかやらないか、とか、AにするかBにするか、という感じです。頻繁に起きる事、例えば今日の昼めし何食べようとか、自販機で飲料を買う時に何飲もう、とかそういう類のモノはそこまで迷わないと思います。
 それは何故かというと、よくある選択だからです。仮に初めて飲むものを買ったとして、あまりおいしくなければ明日から買わなければいい、という風にすぐに決める事が出来ます。
 昼飯もそうです。たまには頼んだ事の無い、カルボナーラなんて頼むか、と食べてみたらいつも食べているペペロンチーノの方がやっぱり美味しいや、次回はペペロンチーノに戻そう、といったものです。これ位の選択肢ならばストレスもそんなにかからず選ぶことが出来ます。
 でも、人生で一回しかない決断、となったら話が変わってくるでしょう。何日も何時間もかけて決めようとするのではないでしょうか。

 進学か就職か、合格した進路先が複数だったらどれにしよう、就職する会社は、結婚相手は・・・人生で自分の生き方が変わる選択に対して、私達はどれが正解なのかを考えて、調べて、何とか少しでも良い方を選ぼうとします。

 一方でこういった類の選択には正解が無い事に、本当は誰もが分かっています。でも正解だと思うものを選ぼうとしてしまいます。誰だって、少しでも良い状態になりたいからです。
 だから、同じところをグルグルと回るように、何度もここが良い、でもこっちの方が良い、でもさっきの方が良い、と行ったり来たりの思考を繰り返します。

 そんな迷った時の基準をどうするかですが、折角なので少しでも「自分の心が楽しそう。」と感じた方を選ぶのはいかがでしょうか。こっちの方が得な気がする、こっちの方がメリット大きいし、そうやって決めた事は、決めた尺度が外側にあるからです。
 つまり、自分以外の所にある条件で決めるという事なので、その条件はひょんな事で変わる可能性もあるという事です。

 逆に自分が、面白そうとか興味がある、と思って決めた事の尺度は自分にあります。という事は、別の事に興味が出たとしても自分本位で決めているため、何があっても外の要因の変化に悔やまれる事はありません。

 環境は変化する。そんな事は分かっているのに、何かを決める時は今ある状態を比較して、今優れている物の方が良い気がしてしまいます。そしてそれが未来永劫良い物かどうかは、自分には決められないのです。

 そう考えた時に、自分の尺度を持って決めるという事は、とても大切な事なのではないかな、と私は考えています。

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