正義と聞くと一般的に、それが正解とか、良い方とか、安心とか、そう考えるかも知れません。何となく、正義のヒーローを想像するからです。
とはいえ正義を掲げている方が正しいかと言ったら、そういう訳でもなさそうです。強いから正しいとか、人数が多いから正しい、という風に簡単に識別しがちですが、それを基準にしてしまうと、物事の本質を見なくなってしまいます。
私達は小さい頃から、どちらかを決めようとする時に多数決をよく使いました。便宜上人数が多い方に合わせよう、という事なのですが、子供の頃なんてそんな事は思いもよりません。だから少数側になった方には、間違いの選択をしたような空気が醸し出されたりします。
そんなやり取りが小さい頃から無数に繰り返されていたとしたら、それなりに大人になった時にはすでに多数決が最上の決定手段にも思われてしまう可能性があります。
数は正義、数は強さ、それで現実を決めてしまう習慣が付いてしまうと、何故なんだろうと考える力が弱くなっていきます。それとは逆に、皆が選ぶだろう方向はどっちなんだ、というように相手に軸を置く生き方になりやすくなります。
すると、選択の基準が権威のある人が言っていたから、とか、皆が選ぶからという、自分の意見とは遠く離れた理由で固められていきます。
本当は誰かに合わせるのではなく、何故自分はそう感じるのか、その気持ちを自分が理解する方がよっぽど大切です。
正解が1つしかないものは、そんなに無い
自分の気持ちが周りと違う時、それこそが個性なのだと思っています。



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