自分のやりたい事を語った時に、身の丈に合わないとか身の丈を考えた方が良いとか言われたことがあります。
確かに今やっている事と連結しなかったりして、経験が無いからとかそういう事で、無理しないで、という意味合いで言ってくれたのかもしれません。
そういった、心配から出た言葉は奮起しようとしている人からすると、まるで何とか燃やした心の炎に放水するかのような、やる気を低下させる負の言葉として聞こえてしまいます。
そのような類の心配を口にするのはどちらかというと身近な人が多いです。毎日見ているあなたに、大きな変化とそこから来るリスクを背負わせたくない、というおせっかい心から、失敗するリスクを回避させてようとする防衛心が働くのだと思います。
確かに自分の身近に、何かに挑戦して上手くいけば良かったですが、失敗してうなだれている姿をしている仲間がいたとしたら、こちらも胸が苦しくなると思います。
でも、その人の挑戦とそれを止めようとする人は全く別の人生です。物差しの尺度が違うというか、乗り物が違うというか、そもそも感じている世界が違うはずです。でも、いつも近くにいるから同じ尺度なんだろう、という錯覚が誤解を生み始めます。
最近出会った人にさりげなく自分のやりたい事を話すと、君なら出来るよとか凄い、なんて言葉と共に一切の疑いなく信じてくれたりします。それは最近会った人の方が、今の自分の印象のみで判断してくれて、”今のあなたはそうなって然りです。”と単純に考えて返答してくれたりします。
そういった意味では、偏見や過去を沢山持っていない人の方が、適正な判断をしてくれる場合もあるという話です。もし身近の人に、自分のやりたい事への理解が得られにくいならば、少し距離を置いた関係にある人に聞いてみるのが、冷静に自分の状態を分析出来る判断材料になるかもしれません。
そして、そのやりたい事に向かっている姿勢を身近な人が感じ続ければ、きっと理解も深まってきます。反対している人や、強く心配している人程ひっくり返れば強力な協力者になる可能性が高いです。すぐにあきらめず、是非続けていく事が大切だと思います。


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